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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)67号 判決

一、原告が、昭和二六年二月一〇日、特許庁に対し、「砂鉄還元に於て生ずる鉱滓成分の塩化分離法」(のちに、「砂鉄、チタン鉄鉱等より四塩化チタンを製造する方法」と訂正されたことは、成立に争のない甲第二号証――昭和二七年一一月一日差出の訂正明細書――によつて明らかである。)なる発明について特許出願をしたが(昭和二六年特許願第二、〇四三号)、昭和三〇年三月二九日附で拒絶査定を受けたので、同年四月二一日にこれが不服の抗告審判を請求したところ(同年抗告審判第八八四号)、昭和三二年一〇月三〇日に右請求は成り立たない旨の審決がされ、その謄本が同年一一月一一日に原告代理人に送達されたこと、および、右出願発明の要旨は、「砂鉄、チタン鉄鉱等に還元剤媒熔剤を添加し熔融処理し鉄分を除去し含有チタンを塩素と反応し易き亜チタン酸塩、三二酸化チタン、チタンカーバイド等を含む被還元状態となし硅素、カルシウム、マグネシウム等は安定にして反応し難き状態となしチタン含有量二〇%以上の如き高チタン濃縮物を製造する第一工程と、これに固体還元剤を添加し塩化マグネシウム、塩化カルシウムの熔融温度以下の温度において塩素瓦斯を作用せしめてチタンを四塩化チタンとして気化凝縮せしめる第二工程と、得たる塩化生成物を濾過、分溜、還元等により他成分を分別する第三工程との結合によりなる砂鉄、チタン鉄鉱等より四塩化チタンを製造する方法」にあることについては、当事者間に争がない。そうして、右審決の理由とするところは、本願発明の要旨が前記のとおりであることを認定したうえ、「ベリヒテ・デア・ドイツチエン・ヒエーミツシエン・ゲゼルシヤフト」バンドⅢ・三八ヤールガング(一九〇五年)、第二六一九頁ないし第二六二〇頁を引用して、右引用例が本願発明の三工程のすべてを実質上包含することは明らかである、としたが、その相違するところは、

(一) 本願発明が第一工程で媒熔剤を使用するのに対し、引用例がこれを使用しない点、

(二) 前者の第一工程で得るチタン濃縮物が二〇%以上のチタンを含有しかつ所含の「硅素、カルシウム、マグネシウム等が安定にして反応し難き状態」にある旨記載されているのに対し、後者はこれに触れていない点、および

(三) 前者が第二工程(塩素化)に還元剤を使用しかつその温度を「塩化マグネシウム、塩化カルシウムの熔融温度以下」と規定しているのに対し、後者はこれに触れていない点

にあるが、(一)の媒熔剤の使用については、鉄冶金の常套手段で、この点に発明の存在を認めることができないし、(二)、(三)も「ケミカル・アブストラクツ」ヴオリユーム三一(一九三七年)、二五三八頁に、二〇%以上のチタンを含有するチタンマグネタイト濃縮物に還元剤として炭素を加え塩化マグネシウムの熔融温度以下で塩素化することが記載されており、本願の「硅素、カルシウム、マグネシウム等を安定にして反応し難き状態」と規定したことも、別段そのための具体的手段を示していないから、単に望ましい状態を抽象的に表示したに過ぎず、また塩素化温度として「塩化マグネシウム、塩化カルシウムの熔融温度以下」を要件としたことも、結局「ケミカル・アブストラクツ」の記載と同様塩化マグネシウムの熔融温度以下に行うべきことを意味するもので、ひつきよう「ベリヒテ」に記載されていない本願発明の骨子点はいずれも「ケミカル・アブストラクツ」に容易に実施できる程度に示されているものと認められ、このように、本願発明は、前記両引用例記載の公知事実から容易になし得る程度のものであつて、旧特許法第一条の特許要件を具備しない、というにあること、さらに、原告の「ベリヒテ」に記載されたものはチタンカーバイドの塩素化に関するものであつて、本願発明とは全く相違する旨の主張に対して、本願発明の第一工程によつて得たチタン濃縮物も亦チタンカーバイドを含むこと明らかであるばかりでなく、「ベリヒテ」にはチタン低級酸化物の含量がたとえ少量であつても、これが常に存在する旨示されており、一方本願発明がチタンカーバイドとチタン低級酸化物との比率につき何ら特定するところのない以上、結局チタン濃縮物中の上記比率に関し両者の間に差異ありとは認め難いから、原告の主張は当らない、としたものであることについても、被告の明らかに争わないところである。

二、次に、審決引用の各刊行物の記載内容をみるのに、まず、第一引用例である「ベリヒテ・デア・ドイツチエン・ヒエーミツシエン・ゲゼルシヤフト」には、原料鉱石に還元剤を添加し、熔融処理して、チタンカーバイドを主成分とする高チタン濃縮物(これには少量ではあつてもチタン低級酸化物の存在が考えられる。)と鉄鈹とを製造し、かつ両者を分離してチタンカーバイドを主成分とする高チタン濃縮物を得る第一工程と、第一工程で得られたチタンカーバイドを主成分とする高チタン濃縮物に還元剤を添加せずして塩化処理して塩化生成物を得る第二工程と、第二工程で得られた塩化生成物を精製処理し不純物と分離して四塩化チタンを製造する方法が記載されていることについては、当事者間に争がなく、右文献が本件出願前から公知であつた事実は、本件弁論の全趣旨により明らかである。また、第二引用例である「ケミカル・アブストラクツ」には、「チタノマグネタイト・コンセントレートの塩素化」と題して含有チタン量が二酸化チタン四三・九八%であるチタン鉄鉱濃縮物(チタノマグネタイト・コンセントレート)に、固体炭素の存在のもとに、六〇〇度ないし六五〇度で塩素を作用させ、塩素化することが記載されていることは、成立に争のない甲第六号証によつて、これを認めることができ、右文献の本件出願前から公知であつた事実も、本件弁論の全趣旨により明らかである。

三、そこで、本願発明の方法と第一引用例である「ベリヒテ」の方法とを比較するのに、両者は、第一工程において、チタン鉄鉱等に還元剤を添加し、熔融処理して鉄分を除去し、含有チタンを塩素と反応し易いチタン低級酸化物(亜チタン酸塩、三二酸化チタンもチタン低級酸化物である。)、チタンカーバイド等を含む被還元状態として濃縮し、第二工程において、これに塩素瓦斯を作用させてチタンを四塩化チタンとして気化凝縮させ、第三工程において、かくして得られた塩化生成物より分溜、還元等の処理によつて、他成分を分別して、四塩化チタンを得る、という、以上三工程の結合により成る四塩化チタンの製造方法である点において一致しているが、次の点において相違していることが明らかである。

すなわち、前者においては、

(一) 第一工程においてチタン鉄鉱等を熔融処理するに際して、還元剤のほかに媒熔剤をも添加し、その熔融処理により、硅素、カルシウム・マグネシウム等はこれを安定にして反応し難い状態となすとともに、チタン含有量二〇%以上のような高いチタン濃縮物を製造すること、

(二) 第二工程において固体還元剤を添加し、塩化マグネシウム、塩化カルシウムの熔融温度(正確にいえば、熔融点)以下の温度で塩素瓦斯を作用させること、および、

(三) 第三工程において塩化生成物を四塩化チタンと他成分とに分別するに際し、濾過処理の方法を用いること

を、発明の構成要件としているのに対し、後者にはこれらの点についてとくに説明がされていない。

四、そこで、進んで、本願発明の前記の三特異点において、果して発明の存在が認められるかどうかについて、検討する。

(一) 第一工程における熔融処理に際し、還元剤のほかに媒熔剤をも使用する点について、

およそ、鉄鉱製錬にあたり、鉱石中の夾雑物除去のために媒熔剤を添加することが鉄冶金の常識に属することは、原告もあえて争わないところである。したがつて、チタン鉄鉱等より鉄分とチタン濃縮物(鉱滓)とを分離するに際して、還元剤のほかに媒熔剤をも使用するようなことは、当業者であれば容易に想到し得べき程度のことに属し、これをしも発明であるとはいえないことは、多言を要しない。

(二) 第一工程における熔融処理につき「硅素、カルシウム、マグネシウム等は安定にして反応し難き状態となし」と規制している点について、

本件発明は四塩化チタンを製造することを目的としているから、その第一工程における熔融処理により含有チタンは塩素と反応し易い状態となり、鉱石中の硅素、カルシウム、マグネシウム等の夾雑物は塩素と反応し難い状態となれば純度の高い四塩化チタンの生成することは自明であるから、この「硅素、カルシウム、マグネシウム等は安定にして反応し難き状態となし」ということは、望ましいことである。したがつて、もしかゝる状態がその通りに得られるならば、かゝる状態を利用して塩素化処理をなす本件発明は、特許法にいう発明に値するものといわなくてはならない。しかし、ひるがえつて、本件発明の第二工程をみるのに、塩素瓦斯を作用させる温度を塩化マグネシウム、塩化カルシウムの熔融点以下に限定していることは、塩化マグネシウム、塩化カルシウムの生成することを前提としたものといわなくてはならないのみならず、成立に争のない甲第三号証の本願明細書の実施例にも、塩素瓦斯を作用させることにより相当量の四塩化硅素が生成することをうかがわしむべき記載が存するので、本件発明でいう「硅素、カルシウム、マグネシウム等は安定にして反応し難き状態」とはいかなる状態を意味するかが明瞭でなく、かかる状態を得るための具体的手段も示されていないので、果してかかる状態が得られるかどうかも疑わしい。したがつて、この点において発明の存在を認めることもできないものといわなくてはならない。

(三) 第一工程における熔融処理によつて得られるチタン濃縮物のチタン含有量を二〇%以上と特定している点について、

本件発明の第一工程によつて得られるチタン濃縮物のチタン含有量についての二〇%以上という限定について、それが作用効果上とくに臨界的な意味のあることを認められないので、単に採算上選ばれた数字であると考えるほかないが、およそ鉱滓からチタンを回収する場合にチタン含有量の多い鉱滓を原料とすることが採算上望ましいことは、当然であるから、このようなチタン含有量の選定は、当業者が発明思想を要せずしてなし得る程度のことである。しかも、成立に争のない甲第六号証(前記第二引用例)の公知文献には、チタン含有量が二六%余り(二酸化チタン四三・九八%をチタンに換算すれば二六・三六%)のチタノマグネタイト濃縮物を用い、これを塩素化する方法が記載されていることを考え併せれば、なおさら本件発明においてチタン濃縮物のチタン含有量を二〇%以上とする点には、何ら発明の存在を認めることができない。

(四) 本件発明がその第二工程において固体還元剤を添加しかつ塩素瓦斯を作用させる温度を塩化マグネシウム、塩化カルシウムの熔融点以下と規定している点について、

酸化チタンに固体還元剤すなわち炭素を混合し、これに塩化カルシウムおよび塩化マグネシウムの熔融点より低い六〇〇度前後の温度において塩素を作用させ、四塩化チタンを製造する方法が本件出願前から公然知られていたことは、前記甲第六号証の記載より、これを認めるのに難くない。したがつて、本件発明の第二工程における塩素化条件も、前記公知事実より当業者が発明思想を要しないで容易に想到実施できる程度のものと認むべきである。

(五) 本件発明の第三工程において塩化生成物を濾過する点について、

化学反応生成物を濾過して固状の不純物を除去することが、本件発明の出願前よりきわめて普通に行われている精製手段であることについては、とくに説明を要しないから、本件発明において四塩化チタンの精製にあたり塩化生成物を濾過するようなことも、当業者の適宜になし得る程度のことであつて、とうていこれを発明であると認めることができない。

五、原告は、本件発明の第一工程で得られるチタン濃縮物はチタン低級酸化物を主成分とするものであるのに対し、第一引用例である「ベリヒテ」記載のものはチタンカーバイドを主成分とするものであるから、両者のチタン濃縮物はその主成分を異にする旨、るゝ主張する。

(一) しかし、本願発明の明細書、とくにその特許請求の範囲の項においては、その第一工程により得られるチタン濃縮物中のチタンに関して、「含有チタンを塩素と反応し易き亜チタン酸塩、三二酸化チタン、チタンカーバイド等を含む被還元状態となし」と記載されているにとゞまり、含有チタン分の熔融処理による還元率ならびに亜チタン酸塩、三二酸化チタン、チタンカーバイド等の比率につきとくに規制するところがないばかりでなく、右明細書のいずこにもこれらの率を規制するような記載が見られないことは、成立に争のない甲第三号証(本願特許明細書)により明らかであつて、むしろ右明細書の記載によれば、亜チタン酸塩、三二酸化チタン、チタンカーバイドの三者は均等視されているものと認めるのが相当である。したがつて、本願発明の第一工程は、これをチタン低級酸化物を主成分とするチタン濃縮物を生成させる方法にかゝるものと局限して解釈すべきでなく、亜チタン酸塩、三二酸化チタン、チタンカーバイドの中のいずれが主成分であろうと差支ないばかりでなく、それらのいずれかがチタン濃縮物の主成分をなすことさえ必要としないものと解せざるを得ない。本願発明の第一工程の方法はチタン低級酸化物を主成分とするチタン濃縮物のみを得ることを目標としているものとは認め難く、チタンカーバイドまたは二酸化チタンを主成分とするチタン濃縮物を得る場合をも包含しているものと認めざるを得ないから、本願発明の第一工程で得られるチタン濃縮物と「ベリヒテ」記載の方法によるチタン濃縮物とは、その主成分を異にしているという原告の主張はこれを採用することができない。

(二) なお、この点について、原告は、チタン低級酸化物の塩素化には還元剤の存在を必要とし、チタンカーバイドの塩素化にはこれを必要としないから、本願の第二工程で還元剤を添加して塩素化を行うことは、第一工程で得られるチタン濃縮物がチタンカーバイドを主成分とするものではなく、チタン低級酸化物を主成分とするものであることの証左である、と主張している。成立に争のない甲第九号証(工業化学雑誌第六〇巻第四号所載、チタン化合物の塩素化に関する研究、とくにそのまえがきの項)によれば、二酸化チタンを塩素化して四塩化チタンを製造する場合にも還元剤の存在のもとに反応させていることが認められる。さらに、前記第一引用例(甲第五号証)には、チタンカーバイドを主成分とするチタン濃縮物に還元剤を添加することなく塩素瓦斯を作用させて四塩化チタンを製造する方法が記載されていることは、前記のとおりであり、この事実はチタンカーバイドを主成分とするチタン濃縮物の塩素化には還元剤の添加を必要としないことを示唆してはいるけれども、進んでチタンカーバイドを主成分とするチタン濃縮物に塩素瓦斯を作用させて四塩化チタンを製造する際に還元剤を添加または存在させるべきでないことを示すものではないから、このことの故をもつて本願発明の第二工程で塩素化処理するチタン濃縮物はチタンカーバイドを主成分とするものでないと断定することは、相当でない。要するに、二酸化チタンを塩素化する際にも還元剤を添加するという事実があり、さらにチタンカーバイドを主成分とするチタン濃縮物を塩素化する際に還元剤を添加または存在させるべきでないことを明認するに足る証拠もないから、本願発明の第二工程が還元剤(炭素)を添加して塩素化を行うことを要件としているからといつて、その第一工程で得られるチタン濃縮物はチタン低級酸化物を主成分とするものであるときめてしまうことは、独断に過ぎるものといわなくてはならない。

(三) 原告は、また、本願発明はその第一工程で媒熔剤を使用し、しかも実施例に明示してあるように理論値より少しく多い量の還元剤を添加して操業するのであるから、低温操業であるのに反して、「ベリヒテ」の方法は媒熔剤を添加せず過剰の還元剤を添加して操業する高温操業であるから、両者は明瞭に操作条件を異にし、かゝる差異にもとづき、前者の第一工程で得られる高チタン濃縮物は「チタン低級酸化物を主成分とし、きわめて少量のチタンカーバイドを含有する高チタン濃縮物」となるのに対し、後者の方法で得られるそれは、「チタンカーバイドを主成分とし、きわめて少量のチタン低級酸化物を含有する高チタン濃縮物」となる、とも主張している。

しかし、

(1) 本願発明の明細書(甲第三号証)によれば、その第一工程において理論値より少しく多い量の還元剤を添加して操作することを要件としているものでないことは、もちろん、操作温度や添加する媒熔剤の限定をしていないことが、明らかである。

(2) 第一引用例である「ベリヒテ」、(甲第五号証)のチタン濃縮物ならびに後記X線回折試験の第一のものにおいて試料として用いられたそれは、いずれも媒熔剤を使用しない方法によつて製造されたものであるにかゝわらず、前者においては二酸化チタン(TiO2)の還元が進み、チタンカーバイドを主成分とするチタン濃縮物が得られているのに対し、後者における二酸化チタンの還元はそれほど進捗せず、得られるチタン濃縮物中にはチタンカーバイドはほとんど存在していないことは、前記甲第五号証と成立に争のない甲第七号証の一、二(高チタン鉱滓のX線回折図および右高チタン鉱滓の製造法証明書)とを対比して明らかである。このように、同じく媒熔剤を使用しない場合においてさえ、両者の二酸化チタン還元の程度に大きな開きがある点より推測すれば、媒熔剤以外にも二酸化チタンの還元度を左右する因子(たとえば、温度、時間、還元剤の種類およびその量その他の還元状況)が存在することが明らかである。そして、このような諸因子は媒熔剤を使用して二酸化チタンを還元する際にも当然影響を及ぼすものと思われるから、たとえ媒熔剤を使用しても、これらの諸因子を無視すれば所期の還元度は確保され難く、チタン低級酸化物を主成分とするチタン濃縮物の生成は保証されないものと考えるのが相当である。したがつて、これらの諸因子について何らの規制のない本願発明の第一工程の方法をもつて、必ずしもチタン低級酸化物を主成分とするチタン濃縮物のみを生成する方法であるとは認められない。

(四) 媒熔剤を使用していないが、本願とほゞ同様の方法で得られた高チタン鉱滓のX線回折図(甲第七号証の一)によれば、その高チタン鉱滓はチタンカーバイドをほとんど含有していない事実からみて、媒熔剤を添加する本願の場合は、その反応温度低下のため一層チタンカーバイドの生成の機会はないから、本願のチタン濃縮物はチタン低級酸化物を主成分とするものである、との原告主張について、

成立に争のない甲第七号証の一、第八号証(各X線回折図)を併せみるのに、媒熔剤を使用しないが、本願とほゞ同様の方法で得られた(そのことは成立に争のない甲第七号証の二により明らかである。)高チタン鉱滓に、チタンカーバイドがほとんど存在していないことを認めることができるけれども、それにチタン低級酸化物が存在しているかどうかは、全く不明である。したがつて、この事実より本願発明の第一工程で得られるチタン濃縮物の成分を推測しても、それにはチタンカーバイドがほとんど存在しない場合もあるだろうということ(しかし、これも右実験で用いられた原鉱石を用い媒熔剤の用否以外は同様の還元状況において熔融処理をした場合についていゝ得るのみで、本願方法としては、これらの要件を限定するものではない。)と、しかしチタン低級酸化物が存在するかどうかは不明であるという程度のことをいゝ得るに過ぎず、これによつて、右チタン濃縮物中にチタン低級酸化物が主成分として含有せらるゝにいたるものと断定することは困難である。(媒熔剤を添加して鉱滓の熔融点の低下を計り低温処理にすれば、そのことによつては酸化チタンの還元度は低下するであろうけれども、その反面、媒熔剤の添加による鉱滓の流動性の好転により酸化チタンの還元が増進することをも考え併せると、単に媒熔剤を使用するというだけの条件では、酸化チタンの還元が抑制されるのか、促進されるのかは、むしろ予断を許さないものというのが相当である。)原告主張の回折試験の結果をもつてたゞちに本願発明の第一工程により得られるチタン濃縮物の主成分がチタン低級酸化物であることを示すものとはいい難い。

六、本願発明の第一工程における熔融処理および第二工程における塩化処理方法において原告主張のような特異性が認められないこと、前記のとおりであるのみならず、右発明の第一、第二、第三各工程の結合についても、本願発明のように、その第一工程で得られた高チタン濃縮物を、第二工程において固形還元剤を添加して塩素化し、さらに精製の第三工程を行つて、純度の高い四塩化チタンを製造することは、前記「ベリヒテ」および「ケミカル・アブストラクツ」の両引用文献に表われた公知事実を綜合することにより、当業者が発明思想を要しないで、容易になし得る程度のことと認むべきである。本願三工程を組み合せることによつて原告が主張するような特殊の作用効果を奏することを明認するに足る証拠はない。また、第一引用例である「ベリヒテ」は、チタン鉄鉱等を熔融して得たチタン濃縮物を塩素化して塩化生成物を得、さらにそれを精製して四塩化チタンを製造する方法を記載し、第二引用例たる「ケミカル・アブストラクツ」には、チタン濃縮物の塩化処理につき固体炭素の存在のもとにこれを行うべきことが示されているので、たとえ前者のチタン濃縮物がチタンカーバイドを主成分とするものであり、後者のそれがそうでなくとも(成立に争のない乙第一号証――鉄と鋼第一七年第一二号の記載によれば、「ケミカル・アブストラクツ」に記載されているチタノマグネタイトはチタン低級酸化物より成ることが認められる。)、この二つの公知手段を組み合せることは、必ずしも原告の主張するように、当業者としてあり得べからざることであるということはできないであろう。(してみれば、仮に本願発明の第一工程で得られるチタン濃縮物が、「ベリヒテ」記載の方法におけるものと異なり、チタンカーバイドを主成分とするものではなく、二酸化チタンまたはチタン低級酸化物を主成分とするものであると認むべきものとしても、二酸化チタンまたはその鉱石に塩素を作用させて四塩化チタンを製造する方法が本件出願前から公然知られていたことは、前記甲第三号証の本願明細書にも示

されているとおりであり、また、チタン低級酸化物も二酸化チタンと同様にチタンと酸素との化合物であつて、しかも二酸化チタンより不安定な化合物であるから、これをもつて四塩化チタンの製造に利用することができることは、当業者であれば容易に気づくものと考えられ、しかも、本願発明においてはその目的とするチタン濃縮物を得るに必要な手段操作の開示もなく、また本願の方法によつて得られる特別の作用効果についてもこれを認むべき証拠がないので、本願発明は旧特許法第一条の発明を構成しないという結論には影響がないであろう。)その他以上の所見に反する原告の主張はいずれも採用できない。

七、以上の理由により、本件出願発明は未だ旧特許法第一条所定の発明の域に達しないものと認められるので、右特許出願を拒否すべきものとした本件審決は相当であつて、これが取消を求める原告の請求は理由がない。

〔編註〕 本件における原告の請求原因は左のとおりである。

本願発明の要旨は、「砂鉄、チタン鉄鉱等に還元剤媒熔剤を添加し熔融処理し鉄分を除去し含有チタンを塩素と反応し易き亜チタン酸塩、三二酸化チタン、チタンカーバイド等を含む被還元状態となし硅素、カルシウム、マグネシウム等は安定にして反応し難き状態となしチタン含有量二〇%以上の如き高チタン濃縮物を製造する第一工程と、これに固体還元剤を添加し塩化マグネシウム、塩化カルシウムの熔融温度以下の温度において塩素瓦斯を作用せしめてチタンを四塩化チタンとして気化凝縮せしむる第二工程と、得たる塩化主成分を濾過、分溜、還元等により他成分を分別する第三工程との結合よりなる砂鉄、チタン鉄鉱等より四塩化チタンを製造する方法」に存する。しかるに、本件審決は、本願発明の要旨が前記のとおりであることを認定したうえ、「ベリヒテ・デア・ドイツチエン・ヒエーミツシエン・ゲゼルシヤフト」バンドⅢ、三八ヤールガング(一九〇五年)、第二六一九頁ないし第二六二〇頁(以下「ベリヒテ」と略称する。甲第五号証)を引用して、右引用例が本願発明の三工程のすべてを実質上包含することは明らかである、とし、たゞその相違するところは、

(一) 本願発明が第一工程で媒熔剤を使用するのに対し、引用例がこれを使用しない点、

(二) 前者の第一工程で得るチタン濃縮物が二〇%以上のチタンを含有しかつ所含の「硅素、カルシウム、マグネシウム等が安定にして反応し難き状態」にある旨記載されているのに対し、後者はこれに触れていない点、および

(三) 前者が第二工程(塩素化)に還元剤を使用しかつその温度を「塩化マグネシウム、塩化カルシウムの熔融温度以下」と規定しているのに対し、後者はこれに触れていない点

にあるが、(一)の点については、一般に鉄製錬において石灰のような媒熔剤を還元剤と併用することは鉄冶金の常套手段であつて、チタンを含有する鉄鉱石に対しても容易に適用し得るところであるから、この点に発明の存在を認めることはできないし、また(二)及び(三)についても、「ケミカル・アブストラクツ」ヴオリユーム三一(一九三七年)、二五三八頁(以下「ケミカル・アブストラクツ」と略称する甲第六号証)には、二〇%以上のチタンを含有するチタンマグネタイト(審決にはマグネサイトと記載されてあるが、マグネタイトの誤記であると認むべきである。)濃縮物に還元剤として炭素を加え塩化マグネシウムの熔融温度以下で塩素化することが記載されており、本願発明の第一工程で「硅素、カルシウム、マグネシウム等を安定にして反応し難き状態」としていることも、別段そのための具体的条件を示されていないから、単に望ましい状態を抽象的に表示したに過ぎず、第二工程の塩素化温度として「塩化マグネシウム塩化カルシウムの熔融温度以下」を要件としていることも、塩化マグネシウムの熔融点は塩化カルシウムのそれより低いから、結局前記「ケミカル・アブストラクツ」の記載と同様塩化マグネシウムの熔融温度以下で行うべきことを意味するものであつて、ひつきよう「ベリヒテ」に記載されていない本願発明の骨子点は、いずれも「ケミカル・アブストラクツ」に容易に実施できる程度に示されているものと認められ、このように、本願発明は、前記両引用例記載の公知事項から容易になし得る程度のものであるから、特許法(昭和三四年法律第一二二号により廃止された大正一〇年法律第九六号、以下旧特許法と略称する。)第一条にいう特許要件を具備したものとはなし得ない、とした。そして、原告の、右「ベリヒテ」に記載されたものは要するにチタンカーバイドの塩素化に関するものであつて、チタン鉄鉱の場合もチタンカーバイドを作る原料として使用されているから、本願発明とは全く相違する旨の主張に対して、本願発明の第一工程によつて得たチタン濃縮物も亦チタンカーバイドを含むこと明らかであるばかりでなく、「ベリヒテ」にはチタン低級酸化物の含量がたとえ少量であつてもこれが常に存在する旨示されており、一方、本願発明がチタンカーバイドとチタン低級酸化物との比率につき何ら特定するところのない以上、結局チタン濃縮物中の上記比率に関し両者の間に差異ありとは認め難く、いずれもチタンカーバイド含有物の塩素化である点に変りはないから、原告の主張は当らない、としたのである。

しかし、審決は、次の点において事実を誤認し、そのために旧特許法第一条の適用を誤つたものであり、違法の審決として、とうてい取消をまぬがれない。

(一) 本願発明の方法を詳細に説明するのに、原料鉱石に媒熔剤と還元剤とを添加し、熔融処理として、チタン低級酸化物を主成分とする高チタン濃縮物(前記発明の要旨において、亜チタン酸塩、三二酸化チタン、チタンカーバイド等を含む高チタン濃縮物と記載したが、チタンカーバイドはきわめて少量存在する程度のものである。)と鉄とを製造し、鉄は熔融状態にあるをもつてこれを流出し、両者を分離し、チタン低級酸化物を主成分とする高チタン濃縮物を得る第一工程と、第一工程にて得られたチタン低級酸化物を主成分とする高チタン濃縮物に固体還元剤を加えて塩化処理し、チタンを四塩化チタンとして気化、かつ凝縮せしめる第二工程と、第二工程にて得られた四塩化チタンを主成分とする塩化生成物を精製処理して不純物と分離し、四塩化チタンを得る第三工程との結合からなる四塩化チタンの製造法であつて、この方法においては、第一工程においてチタン低級酸化物を主成分とする高チタン濃縮物と鉄との分離がきわめて容易であり、かつ還元剤は任意の安価なる、たとえばコークス、木炭のごとき還元剤を使用することで足り、熔融処理は任意の雰囲気内で行うことができるばかりでなく、短時間で完了することができ、したがつて操業費がきわめて低廉であるという作用効果を有し、この第一工程と第二工程における固体還元剤の使用下における塩化処理工程とにより操業を容易に、かつ低廉に四塩化チタンを製造することができる利点があり、さらにこの第一工程と第二工程と第三工程における精製処理工程との結合によつて、不純物の分離が容易に行われ、したがつて高純度の四塩化チタンを安価に製造し得るという工業的効果を有するものである。一方、審決が引用した「ベリヒテ・デア・ドイツチエン・ヒエーミツシエン・ゲゼルシヤフト」に記載されているものは、原料鉱石に還元剤を添加し、熔融処理して、チタンカーバイドを主成分とする高チタン濃縮物(チタン低級酸化物を含有することあるも、きわめて少量である。)と鉄鈹とを製造し、かつ両者を分離してチタンカーバイドを主成分とする高チタン濃縮物を得る第一工程と、第一工程にて得られたチタンカーバイドを主成分とする高チタン濃縮物に還元剤を添加せずして塩化処理して塩化生成物を得る第二工程と第二工程で得られた塩化生成物を精製処理し不純物と分離して四塩化チタンを得る第三工程によつて四塩化チタンを製造する方法であつて、この方法においては、第一工程においては生成した鉄分の粒がチタンカーバイドに内蔵せられるので、チタンカーバイドと鉄分との分離がきわめて困難であり、かつ還元剤はランプブラツクのごとき高価な特殊の還元剤を必要とし、しかも熔融処理は還元性雰囲気内で行う必要があり、長時間の操業を必要とし、したがつて操業費がきわめて高い欠点を有する反面、第二工程においては第一工程において得られたるチタンカーバイドを主成分とするものを原料とするが故に、何ら還元剤の添加を必要とすることなく塩化処理し得るものである。また、審決がさらに引用した「ケミカル・アブストラクツ」には、チタンマグネタイト濃縮物に還元剤を加えて塩化処理し得られることが示されているに過ぎず、このチタンマグネタイト濃縮物はその文献にも示されているように高級チタン酸化物ならびに酸化鉄を主成分とするものであつて、本願発明におけるがごときチタンの低級酸化物を主成分とする高チタン濃縮物でもなければ、チタンカーバイドを主成分とする高チタン濃縮物でもないわけである。

(二) 審決が、「ベリヒテ」をあげて、本願発明方法の第三工程のすべてを実質上包含することは明らかであると主張していることは、全く皮相的判断であつて、第一工程において原料鉱石を還元剤の存在で熔融処理すること、第二工程で塩化処理すること、第三工程で精製処理することの概念的三工程の結合においては一見差異がないようであるが、第一工程において本願の方法はチタン低級酸化物を主成分としきわめて少量のチタンカーバイドを含有する高チタン濃縮物を得るように還元剤の量を調節して熔融処理するのに反して、「ベリヒテ」の方法は、チタンカーバイドを主成分とし少量のチタン低級酸化物を含有する高チタン濃縮物を得るように熔融処理するものであり、両者にはおのずから還元剤の使用量、熔融処理方法に差異が存するばかりでなく、得らるゝ高チタン濃縮物の組成を全く異にするものである。次に、第二工程において、本願方法はチタン低級酸化物を主成分とする高チタン濃縮物を固体還元剤をさらに添加して塩化処理して塩化生成物を得るに反して、「ベリヒテ」の方法はチタンカーバイドを主成分とする高チタン濃縮物を固体還元剤を加えずして塩化処理して塩化生成物を得るものであるから、両者は塩化処理する対象を全く異にするばかりでなく、塩化処理方法をも全く異にするものである。本願における三工程結合の思想は引用文献には表われていない。かような両者間の根本的差異に基き、本願方法においては「ベリヒテ」の方法では奏することのできない新規の工業的効果を奏し得るのである。本件審決においては、本願発明の第一工程によつて得たチタン濃縮物もチタンカーバイドを含むこと明らかであり、「ベリヒテ」の方法におけるそれもたとえ少量であつてもチタン低級酸化物を含有することが示されており、本願においてチタンカーバイドとチタン低級酸化物との比率について特定していないから、両者は同一である、と断定しているが、かゝることは、本願について第一工程と第二工程との結合によつて生ずる作用効果を考慮しない見解であつて、本願において第一工程で得られるチタン濃縮物がチタン低級酸化物を主成分とするものであることは、第二工程で塩化処理を固体還元剤を添加して行つていることより明瞭であり、「ベリヒテ」の方法の第一工程で得られるチタン濃縮物がチタンカーバイドを主成分とすることは、第二工程で還元剤を添加せずして塩化処理していることより明瞭である。すなわち、本願のチタン濃縮物はチタン低級酸化物を主成分とするが故に、容易に塩化を行うために第二工程で還元剤すなわち炭素を添加して塩化処理するのであり、もしチタンカーバイドを主成分とするものであるならば、チタンカーバイドは炭素とチタンとの化合物であつて、還元剤すなわち炭素が存するので、さらに還元剤を添加する必要がないわけである。したがつて、チタン低級酸化物とチタンカーバイドとの含有比率を特定してなくとも、本願のチタン濃縮物がチタン低級酸化物を主成分とするものであることは、当業者が容易に了解し得る事項であり、チタン低級酸化物を主成分とするチタン濃縮物とチタンカーバイドを主成分とするチタン濃縮物とは明確に区別せらるべきものであるから、本願の方法と「ベリヒテ」の方法とは明瞭に異なるといわなくてはならない。

(三) 次に、審決が本願の第一工程で媒熔剤を還元剤と併用して使用することは鉄冶金の常識であるといつている点については、異論がないが、本願のごとき特定の第一工程において媒熔剤を使用することは、媒熔剤を使用することが要旨でない以上、何ら発明構成の否定条件にはならないというべきである。

(四) さらに、審決は「ケミカル・アブストラクツ」を引いて、これにはチタンを二〇%以上含有する点で本願のチタン濃縮物と同様なチタンマグネタイト濃縮物に還元剤として炭素を加え塩化マグネシウムの熔融温度以下で塩化処理することが示されているから、本願の第一工程および第二工程で「ベリヒテ」の方法に比して差異ありとする点は、いずれも「ケミカル・アブストラクツ」に容易に実施できる程度に記載されている、といつている。しかし、「ベリヒテ」と「ケミカル・アブストラクツ」とは、個々に公知である文献であつて、両者に何らの関係はなく、当業者として両者を組み合せて行うことは、あり得べからざることである。すなわち、「ベリヒテ」の方法の第一工程で得られたチタン濃縮物は前記のようにチタンカーバイドを主成分とするものであつて、これに「ケミカル・アブストラクツ」の還元剤を添加して塩化処理することは不必要であるから、当業者が両者を組み合すはずはあり得ない。さらに、「ケミカル・アブストラクツ」におけるチタンマグネタイト濃縮物は、その分析表の示すところによれば、二酸化チタンを四三・九八%含むが、これはチタン低級酸化物ではなく、また酸化第一鉄、三二酸化鉄をも相当含有し、酸化マグネシウム、酸化カルシウムを含有しないものであるのに反し、本願第一工程で得られるチタン濃縮物は、明細書(甲第三号証)に示すとおり、チタンはチタン低級酸化物として含有し(Ti 30.7%)、酸化第一鉄、三二酸化鉄のごとき鉄の酸化物はほとんど含有しないものである点よりみても、「ケミカル・アブストラクツ」の方法で処理せんとするチタン濃縮物と本願にて処理せんとするチタン濃縮物とは明瞭に区別され、全く異なるものであるので、もし「ケミカル・アブストラクツ」の方法と「ベリヒテ」の方法とを組み合すとしても、チタンカーバイドを主成分とするチタン濃縮物より四塩化チタンを得る方法が生れるか、あるいは二酸化チタンすなわちチタン高級酸化物と酸化鉄とを主成分とするチタン濃縮物より四塩化チタンを得る方法が生れるかするに過ぎず、本願のごとくチタン低級酸化物を主成分とするチタン濃縮物より四塩化チタンを得る方法は決して生れることはなく、いわんや「ケミカル・アブストラクツ」においては、塩化マグネシウム、塩化カルシウムが生成することがないから、本願第二工程における操作要件を暗示するものではない。したがつて、本願は引用文献から当業者が容易に実施し得る域外にあるものであつて、これを旧特許法第一条の特許要件を具備しないとした審決は、法律の適用を誤つたものというべきである。

四、被告の主張に対して、

(一) 本願の要旨とする第一工程において「亜チタン酸塩、三二酸化チタン、チタンカーバイド等を含む高チタン濃縮物」とあるのを、「チタン低級酸化物を主成分とする高チタン濃縮物」と解釈することは、本願の明細書全文の記載から判断して何ら誤りでなく、原告が勝手に改案したものではないこと、のちに詳論するとおりである。審決引用の「ケミカル・アブストラクツ」には、「チタノマグネタイト・コンセントレート(Titanomagnetite concentrate)」を原料とすることが記載されているが、このものは、チタノマグネタイト精鉱であつて、チタンの高級酸化物ならびに酸化鉄を主成分とするもので、本願発明の第一工程で得られる「チタンの低級酸化物を主成分とする高チタン濃縮物」でもなければ、「ベリヒテ」記載の方法で得られる「チタンカーバイドを主成分とする高チタン濃縮物」でもないことは、明らかである。また、本願の第一工程においては、明細書(甲第三号証)の特許請求の範囲に明記せられているように、「砂鉄、チタン鉄鉱等に還元剤、媒熔剤を添加し熔融処理し鉄分を除去し含有チタンを塩素と反応し易き亜チタン酸塩、三二酸化チタン、チタンカーバイド等を含む被還元状態となし硅素、カルシウム、マグネシウム等は安定にして反応し難き状態となしチタン含有量二〇%以上の如き高チタン濃縮物を製造する」のであつて、媒熔剤を添加することを必須要件とするのであるが、この点については引例たる「ベリヒテ」には記載されていない。この媒熔剤の添加による作用効果は、媒熔剤の性質上その操業温度が低くてすむことであつて、この点より見て本願の第一工程における操業は低温度で行われていることは自明であり、本願明細書の実施例を見れば明らかであるように、還元剤たる炭素は理論値より少しく多い量の程度で添加して操業しているのである。しかして、元来チタンカーバイドの生成にはチタン原料に対し還元剤たる炭素を過剰に添加し、しかもきわめて高い温度をもつて操業することを要するのであり、この点については、引例たる「ベリヒテ」記載の方法においても何ら媒熔剤を添加することなく操業している点を見ても明らかである。かように、本願の操作条件と引例のそれとは明瞭に差異があり、この差異にもとづき、本願の第一工程で得られる高チタン濃縮物は「チタン低級酸化物を主成分としきわめて少量のチタンカーバイドを含有する高チタン濃縮物」となり、引例の方法で得られる高チタン濃縮物は「チタンカーバイドを主成分としきわめて少量のチタン低級酸化物を含有する高チタン濃縮物」となるのであつて、両者の高チタン濃縮物は全く相反する組成割合から成り、異なるものと断定して何ら差支がない。被告は、「本願発明の第一工程で得られる高チタン濃縮物がチタン低級酸化物をチタンカーバイドより多量に含むという証左は本願明細書の開示するかぎりにおいて皆無に等しい」といつているが、かゝる見解はチタン工業の実体を十分把握していない、きわめて皮相的な見解であつて、少なくとも当業者であれば、何人といえども本願の第一工程で得られる高チタン濃縮物がチタン低級酸化物をチタンカーバイドより多量に含むものであることを認識し得るところである。再言するのに、本願の第一工程はチタン原料に還元剤(この還元剤は本願明細書の実施例に明示してあるように理論量より少しく多く使用する。)と媒熔剤とを添加して行う低温操業であつて、チタンカーバイドの製造の場合のようなチタン原料に理論値より過剰の還元剤を添加し媒熔剤を添加していない高温操業ではないが故に、チタン原料は還元剤によつてチタンカーバイドにまで還元せられることがきわめて少なく、したがつて本願の第一工程にて得られる高チタン濃縮物がチタン低級酸化物をチタンカーバイドより多量に含むものであること、自明である。

(二) チタン低級酸化物の塩素化に当つては、還元剤の存在において行うことを必要とし、チタン低級酸化物は一旦還元剤でチタンに還元せられ、そのチタンが塩素により塩素化されるのであるのに反して、チタンカーバイドの塩素化では、チタンカーバイドは分解してチタンとなり、そのチタンが塩素により塩素化されるのであつて、その反応機構を異にする。したがつて、低級酸化物の塩素化には還元剤の存在を必要とし、チタンカーバイドの塩素化には還元剤の存在を必要としない。この点より考察すれば自明のとおり、本願の第二工程では還元剤の存在で塩素化しているが故に、被塩素化物たる第一工程で得た高チタン濃縮物はチタン低級酸化物を主成分とすることが明らかに認められ、引例の塩素化工程では何ら還元剤を添加していないが故に、被塩素化物たる高チタン濃縮物はチタンカーバイドを主成分とすることが明らかに認められる。したがつて、被告の「本願のチタン濃縮物も「ベリヒテ」記載のそれも、チタンカーバイドおよびチタン低級酸化物をともに含むものであつて、その多少は程度の問題に過ぎない」との主張は、全く誤りである。現今世界の金属チタンの製造業界において行われている方法は、そのほとんどがいわゆる「クロール」法であることは常識であるが、この「クロール」法における塩素化はチタンの酸化物を還元剤の存在で塩素化するのであつて、チタンカーバイドの塩素化は行われていないのである。すなわち、被告の主張のように、「「ベリヒテ」記載の方法は本願方法より操作簡単で塩素化が容易である」とするならば、どうして前者の塩素化法が現今世界で行われないのであろうか。故に、この事実は前者の塩素化法が後者の塩素化法に劣ることを示すもので、「本願方法が半世紀も前に発表された引用例の方法より何ら進歩性がない」とする被告の主張も亦、誤りも甚だしいといわなくてはならない。

(三) 次に、審決で引用された「ケミカル・アブストラクツ」のチタンマグネタイト濃縮物の所含チタン酸化物が高級である、という原告の主張に対する反証として、被告は昭和六年一二月日本鉄鋼協会発行「鉄と鋼」(乙第一号証)の記事を援用するが、そこに記載されていることは、単にTi3O4がTitano-magnetiteと謂われることを示しているに過ぎないのであつて、本件の「ケミカル・アブストラクツ」第二五三八頁に記載されている「チタノマグネタイト・コンセントレート(Titanomagnetite concentrate)」は、いわゆるチタノマグネタイト精鉱で、前記「鉄と鋼」記載のものとは、全く似て非なるものである。すなわち、チタノマグネタイト精鉱といえば、いわゆる選鉱によつて濃縮したものをいゝ、何ら還元的処理を行つていないものであるので、これにチタン低級酸化物が存在することは理論上考えられないのみならず、本件「ケミカル・アブストラクツ」においてこれがチタン低級酸化物を含有することが明記せられていないが故に、前記の「チタノマグネタイト・コンセントレート」はチタンの高級酸化物であることは明らかで、これがチタン低級酸化物の形態にあるとなす被告の見解は誤つている。

五、(一) 本願の第一工程で得られたチタン濃縮物にチタンカーバイドはほとんど含有せられていないことは、本願とほゞ同様の方法で得られた高チタン鉱滓についてX線回折試験をしたX線回折図(甲第七号証の一)と純チタンカーバイドについてX線回折試験をしたX線回折図(甲第八号証)とを比較してみても、明らかで、これに反し「ベリヒテ」はあくまでもチタンカーバイドを塩素化することに主眼があるのであるから、両者のチタン濃縮物の成分の差が程度の問題に過ぎないとする被告の主張は、誤りといわなくてはならない。

(二) 次に、被告が不確実であると主張する原告主張の前提事項、すなわち、

(イ) チタン低級酸化物の塩素化に当つては還元剤の存在を必要とすること、および

(ロ) チタンカーバイドの塩素化に当つては還元剤の存在を必要としないことの二点は、化学常識上判断し得る事項であつて、(イ)については、例えば昭和三二年四月五日日本化学会発行工業化学雑誌第六〇巻第四号第四〇三頁ないし第四〇七頁の「チタン化合物の塩素化に関する研究」(甲第九号証)の結論の項に、チタンの酸化物は炭素質の存在しない場合は反応し難いが、炭素質が存在すると容易に反応は進行する旨記載されているところから明らかであり、(ロ)については、「ベリヒテ」記載の方法においてチタンカーバイドの塩素化に当つて還元剤を使用していない事実よりみて、明らかである。さらに、また、化学反応における遊離エネルギーの計算値によつても、化学平衡論の立場から、チタンカーバイドの塩素化には還元剤の存在を必要とせぬこと、および二酸化チタン(高級チタン酸化物)と二酸化チタン(低級チタン酸化物)との塩素化には炭素(還元剤)の存在を必要とすることを知ることができ、したがつて、前記(イ)(ロ)の前提事項を明らかにすることができるのである。本願の方法、クロール法、「ベリヒテ」記載の方法の優劣について、現今「ベリヒテ」記載の方法のごとき、チタン含有鉱石からチタンカーバイドを製造し、これを塩素化して四塩化チタンを製造する方法は行われていないで、日本において行われている方法は、チタン含有鉱石から高チタン鉱滓を製造し、これを還元剤の存在で塩素化して四塩化チタンを製造する方法(すなわち本願とほゞ同様の方法)のみが行われていることから、本願方法が「ベリヒテ」記載の方法より勝ることが、明らかであるといわなくてはならない。

(三) さらに、被告は、「ケミカル・アブストラクツ」に記載されているチタノマグネタイト・コンセントレートのチタンが低級チタン酸化物の形態であることを「鉄と鋼」誌の記載によつて解明しようとしているが、これは余りにも字句に拘泥した所論であつて、たとえチタノマグネタイト・コンセントレートと記載されていても、「ケミカル・アブストラクツ」に記載されているそのチタンマグネタイト濃縮物の分析によれば、Fe2O3一六・八五%、FeO三一・四一%を含むことが明らかであるところ、この鉄分の含有量からみても、還元処理は行われておらず、したがつてチタンが還元されたとは考えられないが故に、チタノマグネタイト・コンセントレートのチタンを低級チタン酸化物と解釈することは、誤りである。

六、原告のさきに提出したX線回折図の第一のものに用いた試料に媒熔剤の添加されていないことは、認めるが、元来媒熔剤は反応温度低下、鉱滓の収率増加、鉱滓の流動性増加、熱効率増加などのために添加されるのであつて、媒熔剤を添加していない場合においてすらチタンカーバイドの生成はほとんど検出されてない事実から見て、媒熔剤を添加する本願の場合は、この添加による反応温度低下のため、一層チタンカーバイドの生成の機会はないこと、明瞭といわねばならない。また、本願の特許請求の範囲の記載において、チタン濃縮物について、亜チタン酸塩、三二酸化チタン、チタンカーバイドの量的限定がしてないとしても、チタンカーバイドを主成分とするものであると断定することは誤りである。なんとなれば、仮に一歩退いて右三者を同量ずつ含むとしても、チタンカーバイドの含有量は三分の一に過ぎないから、本願のチタン濃縮物をもつて、チタンカーバイドを主成分とし低級酸化物を少量含むチタン濃縮物であるとはいえないのである。被告は、炭素の存在がなくても二酸化チタンは塩素化されるという。あるいはそうであるかも知れないが、炭素が存在すれば四塩化チタンは容易に塩素化されるのであつて、この事実を利用した本件発明の効果を否定することはできない。「ケミカル・アブストラクツ」に記載されているチタノマグネタイト・コンセントレートは、あくまでも前に述べたように選鉱によるいわゆる精鉱であつて、本願のごとき還元処理を経たものではない。被告の主張は余りにも字句にとらわれ過ぎた見解で、事実に反し、本件審決は事実誤認にもとずく違法性があるものである。

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